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三角と円

「冬の大三角の1辺、つまり、シリウスとプロキオンを、ぐるっと円のようにして伸ばすと、ふたご座のポルックスとカストルが見えてくる。冬の空っていうのはさ、でっかい円なんだ。」

いつ、どこで、誰に教えてもらったのかさえ忘れてしまったが、僕は冬になると必ずシリウスとプロキオンを探し、そこから円を描いてふたご座を探す。この作業を終えると、またてくてくと歩き出す。いつもの、仕事からの帰り道だ。
いつも見えるわけではない。幸い、それほど明かりの多くない場所に住んでいるから、星を見るに不自由しないが、雲に覆われていたり、雨だったり、それと、知人を連れているときは、さすがに何分も立ち止まるわけにはいかない。一度どうしても我慢できなくなって星を探したことがある。
「おいおい、星なんか見て、給料が上がるのかい?」
と言われ、すごく残念な気持ちになって以来、ひとりでいるとき以外は空を見上げない。

会社は赤坂見附を降りて、マクドナルドのわきを少し歩いたところにある。いつもそこで、コーヒーとはいえないような黒い液体を胃の中に流し込み、会社に向かう。

太陽が昇っているとき、いつも思う。
どうしているのだろうか、と。
決められた時間にしか、現れない、星。
おい、お前たちは、普段はなにをしているんだ?
まさか俺みたいに、決められた部署で黙々と仕事をこなしているだなんて、言うんじゃないよな?

決まった時間になると明かりが灯る、空の星、と、アパートの部屋。

そうか、決まった場所に貼り付けられているのは、俺のほうだったんだ。

 

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あとがき

小説と言うのは、訴えたいメッセージを「隠し」て書きます。と、僕は信じています。
今回は、そのひとつが出てきちゃった。ひとつを隠すために、ひとつが姿を現してしまった。
隠されたもうひとつのメッセージ、わかりますか?

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リレーエッセイ6 請求書

 月々の返済が滞っています。

 そんなメールがだいたい毎日続く。やれやれ、なんだって、こんなことになったんだろう。まるで世界中の人が僕の生活力を否定しているみたいだ。
 そうだ、始まりは、今年の夏、あの海岸でのことだった。
 「どうしたんだい?なにか、浮かない顔をしているけど」 あてもなく浜辺を歩いていると、男が語りかけた。
 身長は165cmくらいだろう。しかし体重は僕よりはるかに重い。この体で、長いこといろんな苦労を重ねてきたんだ、と何も言わずに物語っているような風格さえ漂っている。
 浮かない顔、という表現もなかなかおもしろいな、と、そのとき、正直僕はそんなたわいもないことを考えていた。浮く、浮かないというのは水の比重を元に考え出された我々の言葉である。水の比重はすべての基準となっているから、1.0。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、浮かない、というのは、世界の基準値となっている水よりも重い。重い顔をした、いかにも下を向いていそうな、という意味なのだろうか、そうであるならばはじめから「重い顔」といえばいいのになんだって我々はこんな小難しい言葉を作り出すのだろう。
 「ねぇ、何か答えてくれよ」その男の声で、我に返った。
 「あぁ、そう、だね。確かにそうかもしれない」僕はまだ思考の世界から抜け切れていないまま、答えた。
 「ねぇ、どうだい?すごく楽しいはなしがあるんだ。」男はその大きな体を揺らすように僕に問いかけた。そしてなんだか疲れていた僕は彼の話に乗った。

 毎月、返済の通知がやってくる。僕が支払うべき、幸せの返済は、当分終わりそうも無い。


リレーエッセイ5 赤いボールペン

久々更新。またエッセイ。


 夜になると砂浜にはもう人影が無くて、昼間の親子連れやらカップルやらの騒々しい声がまるで雲がどこかへ流れてしまったかのようにはっきりと無くなっていた。
 いつものように浜辺を往復5回、それにきちんとしたトレーニングを行う。今自分はどこの筋肉をどうやって動かしているのか、そしてそれはどのように僕の力になっていくのかを確かめながら。
 その日は少し小降りの雨が降っていて、走っていると汗と雨で目がうまく見えなくなり、だんだん海の形さえはっきり見えなくなってきた。ただ僕の隣に横たわっているのはぼんやりとした暗い線と、いつ果てるとも知らない波の音、そして明け方にはなくなっているであろう雨の音だけだった。だから人影を発見したのは本当に間近になってからだったので、僕はあやうく足首を痛めそうになり、彼女は持っていた傘を手放してしまった。
 「ごめんなさい。よく前が見えなかったものだから。」前髪から落ちてくる汗だか雨だかを振り払いながら僕は言った。
 「私こそ、探し物に夢中になってしまって。」
 「傘、落ちましたよ。」傘を拾う気配もなくただ濡れていた彼女の様子が変だとは思いながら、僕は傘を拾って差し出した。
 「ありがとう。でも、もういいの。そこに車を置いてきたし、やっぱり駄目ね。こんなに暗いんじゃ、見つからないようね。」白いカーディガンを羽織った彼女は、あきらめたふうにうつむいた。
 「この浜は、よく物がなくなるんです。だからあまり高価なものは持ってこないほうがいいですよ。もっとも、なくなってからでは遅いとは思いますが…」少しあたりを探すふりをしながら僕は言った。
 「ありがとう。でも、いいの。それほど高価ではないし、それにどうしてもみつけなきゃいけないというものでもないから。」
 遠くで急かすような男の声が聞こえると、彼女は振り返って会釈をし、歩き去っていった。僕も軽く会釈をし、また黙々とランニングに戻ることにした。
 
 夏になると、僕は飽きもせず海岸線を走り、決まったトレーニングをする。秋から春にかけてここの海はだいたい荒れているので、夏でないとゆっくり走れないのだ。
 ここの海岸では、忘れ物はなかなか見つからない。今日僕は海岸で赤いボールペンを拾った。誰のものかは、わからない。


リレーエッセイ4 香取線香

蚊取線香

 もちろん、いろんな方法はあった。あのとき、今すぐになんとかすることだってできていただろう。昔だったらそうしていたと思う。なんていうか、そうだな、大人になった、のかもしれない。今までは、イメージをなんとなく想像することしかできなかった。なにしろ目が見えないから、ここはどこなのか、どこにいけばいいのか、そういったものを想像するしかなかったのだ。
 もちろん今でも目は見えていないけれど、昔からは考えられないようなことがわかるようになった。いや、目が見えないからこそ、だろうか。目に見えないものが僕にいろいろなイメージを与え、そしてなんでも、いや、ある程度は自分の考えるままに動かしていくことができる。現代は実に便利だ。これで目が見えていれば、本当に申し分ない、と思う、いや、性格には、思っていた、だ。実際、多くの友人たちが長く閉ざされていた目を開いた。うーん、少し違う。開こうと、努力した、だ。それでみんな永遠に光を失うことになった。多分、暗闇に慣れすぎていたせいで、突然の光に耐えられなかったんじゃないか、と思う。
 僕はまだ目を閉じている。なぜ友人たちと一緒に行動しなかったのかはわからないけれど、なんとなくみんなについていくのが窮屈に思えた、そんな感覚があったと記憶している。
 この文章は、だから、僕には見えない。僕がすることは、イメージを文章にすること。ただそれだけだ。だから、もしこの文章を目にした人が-もちろんまだ目がある人がこの世界にいれば、ということだが-どんな感想を抱くかは、僕の知るところではない。そういう意味ではこれは文章ではなく、ただの文字の羅列だ。そこに意味があるかは僕にもわからないし、責任はない。つまり、目が見えないというのは、そういうことだ。そして、イメージの本質というのは結局そういうことなんじゃないかと思う。
 僕はそのとき大学の最終学年で、ほとんどの大学生がそうするように春には就職を決め、その後は卒業に必要な単位をとるためだけに学校へ通い、あとは(ほとんどの大学生がそうするように)なにをするともなく毎日を過ごしていた。親からの仕送りがほとんど無かったので週に2回か3回、アルバイトをし、週に2回学校に行き、あとは本を読んだ。寮母のいる寮だったので、外出して昼食を外で済ますとき意外は毎日3回、食堂で食事をする。時間は比較的しっかりと決まっていたので食事時になると食堂は寮生たちで溢れかえり、食事が終わると波が引いたようにみんないなくなる。食事以外はいったいみんなどこでなにをしているのだろうか、ときおり気になるが、なにしろ一人一部屋を与えられていたし、鍵がかかっているから、食事時以外はたまに廊下ですれ違って会釈を交わす程度だ。だから食堂で突然話しかけられたのには正直驚いた。
 「なぁ、お前の部屋、蚊取線香、あるか?」
 ブルーのシャツにストライプのネクタイ、そしてその上に季節はずれのジャケットを着た彼は、僕にそう話しかけた。
 「ところで、食事時にその格好はいろいろ面倒だと思うんだけど。」フルーツ・サラダの皿を手に持ちながら僕は尋ねた。
 「ああ、ちょっと出かけていたんだ。帰りがけだからさ、ほら、俺の部屋は3階だし、いちいち帰るのも手間だから。」服装を気にするふうでもなく、彼は言った。
 大学3年までは違うところに住んでいて、まだこの寮に住んで3ヶ月も経っていなかったので、正直彼の顔をみたことはなかったし、それになぜ好き好んで僕に話しかけてくるのかもわからなかったが(僕は好き好んで話しかけられるようなタイプじゃない)、ちょうど季節だったし、蚊取線香を出したところだったので、僕の部屋まで案内した。
 「うるさくてなかなか寝付けないんだ。」そういって彼は蚊取線香を一本手に取った。
 彼は渡辺という名前で、ここにはもう3年ほど住んでいるらしい。「監獄だよ。ご飯はたいしたことないし、部屋は狭い。おまけに、蚊が出る。」というわりに3年も住んでいるということは、どこかしら評価できる点があるのだろう。実家でもない限り、住みたくない家に3年続けて住むということはあまりない。
 彼が部屋を出て行ったあとで、僕は蚊取線香に火を灯した。特に蚊が嫌いというわけではないけれど、刺されるとあとで面倒だからだ。もちろんそのせいで死ぬなんて事はない。だから、些細なことのために殺生をしていると言われれば聞こえは悪いかもしれないけれど、これは必要悪だ。誰も僕を責めたりはするまい。
 30分ほど本を読んでいたら、渡辺が部屋に入ってきた。なんだか眠そうに、蚊取線香がなくなった、ともう一本もって行った。僕が火を灯したものはまだ五分の一も減っていなかったから、どうしたものかと思ったが、それほど高価なものでもないし、あれこれ詮索するのも変な気がしたので、なにも言わずに差し出したのを覚えている。
 本、といっても小説ではない。寮備え付けの図書室のようなところで、そのときに気の向いた本を取って、2時間ばかり読む。そんなことをここのところしばらく続けている。そのとき読んでいた本は公認会計士の関係する本だった。組織化され、専門化された社会においてお金の流れをいかに円滑に保っていくか、そういったことが書かれていた。ここまで社会がシステマティックになると、人は何を目的として生きればいいのかわからなくなるかもしれない。自分がいくら稼いで、どんな人のためになっているのか、それがわからくなっているのが今の社会だ。
 翌日の食堂に渡辺の姿は無かった。もちろん大人数だから見落としていたのかもしれないし、朝早くに出かけて朝食は抜いたのかもしれない。いずれにせよ、僕が渡辺を最後に見たのはその前の晩だった。
 蚊取線香の匂いは、蚊にとって嫌なものではなく、むしろ引き寄せられるものらしい。しかし、もちろん、その中には蚊を殺傷する要素が含まれている。だから蚊は、蚊取線香の周りに集まって、いっせいに死んでいくことになる。
 僕はまだ目を開けていない。そしてしばらくはいろいろなものから遠ざかろうと考えている。それが吉と出るか凶と出るかは、わからない。なにしろ目が見えないのだ。わかるわけがない。

 

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うーん、少し長くなりました。
いま、浅田次郎の小説を読んでいてそれでパッと浮かんだイメージをなるべく消さずにだけれどずらしていこうと思って書いたらこんな形になりました。
背中が痛いです。


リレーエッセイ3 花

日中は晴天がつづいていた。ここ数年、梅雨の前に一度、おもいついたように夏がやってくる、そんな季節がある。梅雨がやってくるとなにか忘れ物を取りに帰るように夏はその姿を消し、そしてちょうど高校野球が各地で盛り上がりを見せるころ、夏はまた姿を現す。ごめん、ちょっと思ったより時間がかかってしまって、でも、もう大丈夫。さぁ、今年もはじめようじゃないか、とでもいいたそうに。
 そんな季節が、僕はわりと好きだ。なにか新しいことがはじまりそうで、でも本格的になるにはまだ早そうで。そんなどこにもいきつかない感覚のうちにあるときは悩まされ、またあるときには励まされ、それでも、僕なりに僕の小さな世界で小夏とでもいうべき季節を楽しんでいた。
 小夏の少し遅めの夕立に逢い、商店街の軒先で雨の止むのを待っているときに、彼女に出会った。
 「ほんと、いやになっちゃう。今日はばっちりお化粧して来たのに。ねぇ、こんなことってある?まだ5月なのよ?もう、だめね。これじゃ待ち合わせの時間に間に合いそうに無いわ。」言葉とは裏腹に、少し微笑んだ様子で、彼女は僕に話しかけた。
 「小夏っていうんですよ。梅雨に入る前の、少し早くやってくる、夏。今日みたいな季節です。」
 「コナツ?なんだかデザート食べているみたいね。」おどけたように彼女は言い、腕時計に目をやった。
 「もうすぐ止みますよ。あなたの化粧もまだ大丈夫。」
 「ふふ。いやなこと言うわね。でも、どうもありがと」
 弱まった雨の中を足早に去っていく彼女のブラウスの背中には、紫陽花の花びらが一枚、次第に姿を見せる日の光を浴びて、きらっと光っていた。



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ちょうど今の季節をなんとなく表現したくて書いてみました。
いろいろ頭を回してみましたが、今回は不思議要素(多分)ありません。
しかし、暑いですね。夕立きましたね。